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読評 「ディア・ペイシェント」(南 杏子 著)

 

新聞の書評の書き出しに

『「医療の場に、疑心が渦巻いている。患者が医師に不信を抱いている。医師が患者におびえている。患者がクレーマー化しさらにモンスター化するのはなぜか?」―現役の医師であり、出版社勤務の経験もある、医療小説の書き手としては得難い経歴の著者が、重いテーマに挑んだ佳作である。』とあり、

内容が簡略に紹介されたあと、最後に

『医療現場が抱えるリアルな課題を浮き彫りにしながら、巧みなストリーテリングで娯楽作品として成立させている。医療ミステリーとしての出色の一冊』とあった。

 

こうあれば、ぜひとも読んでみたい。さっそく図書館に予約を入れた。

 

読後感を率直にいえば、書評の紹介の方が優れていた。だまされたとまではいわない。だが、全体的にいえば、登場人物は典型的だし、医療ミステリーというわりには、事件もありふれた印象がする。

 

小説の主人公である内科医の女医は、医療現場での勤務がやたら忙しく、夜勤と日勤が続く36時間勤務もあって、十分な休息もとれない。診療を待たされて文句を言ってくるクレーマーな患者や、得体の知れないストーカーなども次々に現れ、精神的・体力的に疲れているように描かれる。

小説の最初からそうだから、読んでいてこちらまで疲れる。そうなると、とてもじゃないが「娯楽作品」ではないだろう。

 

たしかに、今どきの世相を鑑みれば、患者様と言わせるこんな病院やこんな患者やこんな医師がいるのだろうという気にはなった。この小説の「ディア・ペイシェント」という題名も、なるほどとうなづける。

それにしても、医療過誤で訴訟をおこされ、敗訴が濃厚になり、1億円の賠償のために自分の生命保険で償うために自殺する先輩女医を描くが、これには唐突感が否めない。競合する病院から謀略のために送り込まれたという事務職員についても、ミステリー仕立てとするには構成が弱いように思う。

 

この小説は著者の2作目だそうだが、「書き下ろし」だということで納得。おそらく、医師である著者も主人公と同じように疲れていて、小説を書くのに十分なプロットや時間がなかったのではなかろうか。着想だけで書けば、たぶんこのレベルの小説になるだろうという感想を持ったのは残念。

author:u-junpei, category:-, 19:19
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シュロの花

 

シュロはヤシ科の植物で、漢字で棕櫚と書く。和棕櫚と唐棕櫚に大別される。原産地に違いがあるようだが、ヨーロッパには日本からシーボルトが持ち込んだという。

葉が折れたように垂れるのが和棕櫚、上の画像のようにピンと立っているのが唐棕櫚。これは我が家にあるものだが、年々背丈が高くなっている。今年は、葉を切ろうと枝切りバサミを最大に伸ばしても、先端には届かなくなってしまった。

 

雌雄異株だが、家のは雄株のようだ。大きな花がいくつも幹の先端辺りに咲きだしている。これから蟹の鋏みのような袋を割って、ニョキニョキと雄花が出てくるところだ。

 

「棕櫚の花」は夏の季語で、花が散ったさまに風情があるという。だが、私にはエイリアンのように見えて、なんとも不気味な感じがする。とてもじゃないが俳句をひねる気にはならない。

 

花言葉は「勝利」。古代では軍隊が勝利して凱旋するときに、この葉を持って歩いたからだという。また、キリスト教では、勝利の意味をひきとり、殉教者の信仰の勝利の意味を持たせたという説がある。

もっとも、キリスト教でいうシュロは、同じヤシ科でも、ナツメヤシをさしているのだそうだ。

author:u-junpei, category:雑記, 23:55
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読評 「刑事の怒り」(薬丸 岳 著)

 

新聞の書評欄に、

『犯罪被害で植物状態になった娘のいる刑事・夏目信人が直面する・・・見過ごされがちな犯人の心の奥底に迫り、事件の突破口を見出す。共感を誘われるヒューマンサスペンス』

と署名者もない、短い案内があった。

それで、刑事モノで『共感を誘われるヒューマンサスペンス』なんて、どんなものかしらと興味を覚えた。

 

4つの短編小説からなる。

「黄昏」・・・年金詐欺が疑われる死体遺棄事件だが、3年間死体と暮らした娘は母親の年金には手をつけていなかった。事件の謎の背景には、母親の代わりに詠んだ俳句があった。この短編は2017年に日本推理作家協会賞を受賞している。

 

「生贄」・・・レイプ加害者を、もみ合って殺してしまったとユーチューブで告白するが、実は・・・

レイプが被害女性に及ぼすダメージがどれほどのものか、男には真に分かるだろうか。そんな感慨をもって読んだ。

 

「異邦人」・・・ベトナム人留学生と強盗事件。貧しさゆえに日本に来て、さらに貧しくて・・・夏目刑事の通訳をするベトナム人の若者が、犯罪者になった同郷の若い女性から、あなたは日本人と同じ目をしていたと言われるのだが、日本人である私もギクッとなった。私にもどこかに差別意識がある。

 

「刑事の怒り」・・・何年間もほとんど植物状態だった息子の介護中に起きた、不可解な2つの同様な事件は果たして自殺幇助か・・・

夏目には、4歳のとき犯罪被害にあい、その後10年間意識不明になっている入院中の娘がいる。妻の美奈代といつかは快方に向かうと信じ、それを希望にして娘の介護を続けている。

介護が絡んだ事件は、「黄昏」も同じだが、介護は夏目にとってさらに身近なテーマでもあった。それが単なる自殺幇助ではないと、犯人に真実を追及する動機になっている。

 

読書中ずっと気になった、夏目の4歳の娘の犯罪被害の内容や、犯人と夏目の関わりについての詳細は、4つの短編のどこにも書かれていない。そう思わせぶりに構成する作家の意図なのかと不信に思っていたら、読後にこの小説は、刑事・夏目信人のシリーズ4作目であることを知った。

 

この本は今年1月に出た新刊なので、図書館に予約を入れて借りたものだった。それゆえ宣伝コピーの帯もなく、手にとって早速読み始めたので、読み終えて、本の最後にあった宣伝のページでシリーズ物だと分かった次第。

 

どうやら、シリーズ1作目『刑事のまなざし』で、その事件の内容が描かれているらしい。夏目はその事件を機に刑事になったようでもあり、とても興味を引かれる。

図書館にあるなら借りてもと思うが、図書館の本は大切に扱わない人が多いようだ。栞の代わりにページの肩を折ったり、何かで汚したり、むしろ、ブックオフなどの古本よりも気になる。

『ヒューマンサスペンス』だと紹介されてる小説だが、読書人必ずしも良識的ヒューマンにあらずか・・・

author:u-junpei, category:読評, 20:02
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読評 「父子ゆえ」(梶よう子 著)

 

「摺師安次郎人情暦」という副題がついている。時代背景は水野忠邦の天保の改革の嵐が吹き荒れ、風紀が厳しく取り締まれた直後の江戸。副題の通り、錦絵版画の摺り職人安次郎と、その周囲の人々との関わりを、人情味あふれる語り口で描いている。したがって、読者は安心し、時にはホロリとしながら、作家の描く時代小説世界に浸ることが出来るに違いない。

 

この小説は、五話の短編連作で構成されている。本の題名の『父子(おやこ)』の様子がより豊かに描かれるのは第三話から。

5歳の息子信太は母親を知らない(出産後に死亡し、母の実家の祖父母に預けられていた)。父親安次郎との交流は2ヶ月に一度、父親が訪ねてくることだが、将来の夢は彫師になり、自分が彫ったものを摺師の父親が摺ることだった。

 

ところが、従兄弟と遊び中に右親指を骨折してしまい、それを機に、父親との生活をするようになる。この際の安次郎と義父母や義兄との心理が、ぎこちなくなる手前で抑えられる様子が良く描かれている。

信太は5歳にしては、気配りや言動がしっかりして、今どきの子と比べると賢すぎるような気がするが、江戸時代の子どもしつけは、庶民においてもしっかりしていたのかも知れない。

対して、安次郎の父親としての考えや振る舞い、一流職人としてのたたずまいの描かれ方も好感が持てる。

 

それらはいわば、作家世界であるから、その作風は梶よう子の人柄でもあるに違いない。また、錦絵の絵師から始まり、完成に至るまでの彫師や摺師についての作家の知識は、とても完成度が高いように思った。

私はこれまで彼女の小説は知らなかったが、歴史小説の分野に新たにフアンになる作家を見出したようで、読後感は爽やかだった。

author:u-junpei, category:読評, 18:18
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「貧乏草」 Why?

 

ハルジオン(春紫苑)とヒメジョオン(姫女苑)とは似ている花で、どっちがどっちだか判別がどうだったか調べていたら、春紫苑を『貧乏草』と言うのを初めて知った。

 

理由は諸説あるようだが、ウィキによれば

,匹鵑壁亘海焚箸猟蹐砲眄犬

⊆蠧れされた庭に生えず、貧乏な家の庭の周囲に生える

からだという。

,鉢△脇韻犬茲Δ世、△鷲亘海世閥發里かるような庭の手入れは出来ないということだろう。

 

私の家は,乏催することは間違いないが、△呂舛腓い醗磴Α

私の場合は、小さな花壇にハルジオンの葉が出てきたとき、以前に植えていた桜草が再び生えてきたと思って、大事にとっていたからだ。

花茎が伸びてきて、さすがに違うことはわかったが、ハルジオンかヒメジョオンかどっちだったか痴呆のケで忘れ、改めて調べたということだ。

 

だが、上の説で、貧乏草といわれるのでは、ハルジオンにとって心外ではなかろうか。

そこで、さらに理由を調べていたら、

根っこさえ残っていれば、また元気に生えてくる

ぅ魯鵐哀蝓失欧鯱∩曚気擦

というのがあった。

 

は貧乏人は踏まれても踏まれても・・・で、い墨△覆襪里世蹐Α

まあ、貧乏=ハングリー魂とはいいかねると思うが・・・

 

なるほどと思ったのは

イ修Δいα陲生えている持ち主は、怠け者なので貧乏になる

という説だった。

怠け者=貧乏は大いに納得できる。

 

さらには

Σ屬鮴泙辰燭蠹Δ鵑世蠅垢襪班亘海砲覆

という。

これは、 銑イ般圭發垢襪茲Δ世、´△鬚△欧討い織Εキ書かれていたもの。

これは理由が分からないが、いわば迷信みたいなもので、そもそもが理屈抜きなのだろう。

 

さて、これらはいずれも「貧乏草」とする明確な根拠がない。

そこで、私は次のように考えてみた。

『貧乏人の子沢山』というのは、今では半死半生語かもしれないが、ハルジオンはこれを連想させる趣がある。

花茎が一本伸びてきて、その先端付近の数ヶ所にまとまって花の蕾がつく。そのさい、蕾は俯いたように垂れている。これがヒメジョオンとの違いの特徴的な判別になっている。

一ヶ所辺り3〜5個の蕾が身を寄せて俯いてるようにうなだれていてる様子は、まさに『子がたくさんいる』のイメージであろう。

ハルジオンが日本に入って来たのは、大正・昭和の頃だから、貧乏人の子沢山は当たり前だった。それで、花蕾の様子を見た誰かさんが、『貧乏草』と言い始めたに違いない。

 

ともあれ、春紫苑という雅な名を持つ野草を、貧乏草というのはいかがなものか。

ちなみに、花蕾が俯いている様子から、花言葉は「追想の愛」だそうだ。ハルジオンを美しいと思う人がたくさんいる証左だろう。

上の画像はハルジオンで白のほかに紫色したものもある。紫苑(シオン)は秋に咲き、こちらは春に咲くので春紫苑(ハルジオン)と名付けられたという。

author:u-junpei, category:雑記, 20:40
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コブシの芽鱗

 

館林の多々良沼南畔に「彫刻の径」がある赤松林がある。その一画の広場にコブシが何本も植栽されていた。

近づいてみると、一本一本に誕生記念の名札が掛けられていた。

コブシは白木蓮と同じくモクレン科の樹木だ。芳香があるし、成長も早いから、公園などに誕生記念樹として植えるのは適当なのだろう。

 

上の画像は、これから帽子を脱ぎ捨て、花が開くところ・・・そう思い、この帽子の本当の名前は何だろうかと調べてみた。

どうやら、「芽鱗(ガリン)」というらしい。

 

だが、いろいろ花サイトを見ていると、この芽鱗は枝についたまま先端から2つに割れ、その中から花が出てくるようなのだ。

そうすると、帽子のように脱ぎ捨てるという私の表現は当たらない。

とはいえ、上の画像の芽鱗は帽子でしかない。これを撮ったときには、帽子のようで面白いとばかり思っているから、他の花芽には関心が向いていなかった。今となれば、他の花芽がどうなっているか知りたいところだ。

 

 

コブシの花は、横向きに咲く。6枚の花弁の根元に葉が1枚ついているのが、白木蓮との大きな違い。だが、白木蓮はコブシのように花びらを開かないし、上を向いて咲くので、遠目からも判断できる。

 

 

コブシは漢字で辛夷と書く。その意味は漢字からは分からない。コブシ=拳で、果実が握りこぶしに似ているからだという。

花の中央を見ると、メシベがたくさんあるから(真ん中の緑色がメシベ、その回りにオシベがたくさん取り囲んでいる)、種が詰まった拳のような果実ができるわけだ。

 

その果実で果実酒ができるそうだ。コブシ特有の甘い芳香があるのかも知れない。作ってみたいと思うが・・・公園のでは消毒してるとかが心配。取り越し苦労だろうか。

 

 

author:u-junpei, category:-, 19:19
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館林の桜 『館林美術館』

 

館林美術館は平成13年に県立2番目の美術館として開館した。その時に植えられたソメイヨシノの並木が満開を迎えている。

ソメイヨシノは全てクローンだが、生長が早いのだろうか、17年経った今では十分に鑑賞できる並木道になっている。

 

 

美術館の裏手は、多々良沼から東に向かって流れ出た多々良川が、北方向に急に向きを変える地点になっている。そのための洪水対策なのか、あるいはもともとそこに沼があったのかどうか、ちょっとした小広い沼地になっている。

上の画像は、その多々良川の右岸にある桜並木。幹の太さから推定すると、こちら方が美術館入り口の並木のより年月が経っているようだ。

 

美術館の裏手を囲む土手の一部には、キツネノカミソリの群落になるところや、種が宇宙旅行をしてきたという黒松が植えられていたりで興味深いのだが、こちらを歩くモノ好きはあまりいないようだ。たいていの散策者は、美術館の横から多々良沼方面に向かう。

 

ここを歩く人の多くは健康の為にしているウオーキングなのだろう。私もかつてはよく歩いていた。そこで1つ気づいたことがある。時計回りで周回しても反時計回りでしても距離は同じなのだが、反時計回りの人が断然多い。なぜだろうか。私も反時計回りだ。

氷上や陸上競技のトラックでするように、人間の心理とか生理とかには、左回りの運動原理とかが働いているのだろうか。

 

 

多々良沼畔に、白鳥に餌を与えている老女(?)がいた。白鳥は2羽。夫婦のつがいかどうかは分からない。春になっても沼にいるのは、何か北に帰れない事情があったのか、帰る気がなくなってしまったかだろう。

黄昏どきの沼と白鳥と老女の取り合わせは、なんだか孤独感が漂っているように思えた。

 

author:u-junpei, category:雑記, 20:20
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館林の桜 『市役所南面駐車場』

 

館林市役所南面の桜を見に行った。

五、六分咲きくらいだろうか。今日の暖かさで、一気に満開に向かっているようだ。

橋の上がビューポイントで、ここでカメラを構える人も多い。

 

 

この川は鶴生田川という。最初の画像が上流方向。こちらは下流になる。館林西郊外の多々良沼が源流で、東にある城沼に流れ込んでいる。館林城の堀の役目も果たしていた。現在の市役所は二の丸あたりだろう。

 

豊臣秀吉の小田原攻めの際に、石田三成が大将で館林城を攻略したが、攻めきれず、小田原城の落城を待って開城したという歴史がある。

 

かつては生活排水に汚染されたドブ川だったが、下水処理が進み、水質はだいぶよくなったようだ。

 

両岸に渡した鯉のぼりの数はギネス記録だそうだが、やり過ぎで市費の無駄遣いだという声もある。私自身は、まあいいんじゃないかと・・・

author:u-junpei, category:雑記, 19:19
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みかも山公園のカタクリ

 

三毳山は山全体が公園で、東西南北に登山口がある。北口のみ佐野市立公園口で、『三毳山のカタクリ』で有名なのはこちらだ。

残りは全て県立「みかも山公園」で、広い園内を上のようなトレインバスが走っている。

 

 

今回は、東口から入り、夏にキツネノカミソリの大群落が見られる斜面を観察してきた。遊歩道階段入り口に『カタクリ群生地 大田和地区』という案内板がある。

上の画像で、スイセンの葉のように見えるのがキツネノカミソリの葉。よく似た彼岸花の葉は花が咲いた後に出てきて、春の今頃は溶けてしまってない。その逆にキツネカミソリは葉が出て溶けた後に花が咲く。

 

そこで、カタクリとキツネノカミソリはカタクリの花が咲く頃に、まるで勢力争いをしてるかのように見える。以前に公園管理の腕章をつけた者から、カタクリはキツネノカミソリに負けて、数が少なくなったと聞いたことがある。

 

しかし、それは違うのではないかと私は思っている。カタクリの自然状態では、花が咲き出すまで眠り姫といわれるほどで、十年近くを片葉で過ごす。双葉なると花が咲く。そして、毎年ずっと咲き続けるのではなく、どういうわけか、また眠りについてしまう。管理人が見ているとしても、そうした周期を観察していないのでは・・・

 

このカタクリの群落は山友から聞いて、今日初めて行って来た。彼自身も知らなかったようだから、経年観察をしたことがない。だから、ここのカタクリが公園の管理下で繁殖させており、少なくなった、あるいは増えないという管理人のいうことが正しければ、他に理由があるかも知れない。

 

 

白い花は、アズマイチゲ。カタクリと一緒に咲いていると、双方が引き立つように思う。他にニリンソウの群落があるが、まだ葉ばかりで、ほとんど花が咲いていない。ぽつぽつと白い花があったが、1つ花でイチリンソウかと思った。

 

 

カタクリの花びらのなかには桜模様がある。これがあるのは知っているが、わざと覗き込んで、あるあると確認したりするのは、子どもになったようで、なんだか楽しい。

 

author:u-junpei, category:雑記, 20:40
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そら豆

 

そら豆は、クソの匂いがすると、誰だったか小説家が書いていた記憶がある。

ネットで分かるかと検索したら、お父さんの靴下の匂いというのがあって、調べる気が失せた。

私自身は嫌な匂いだとは思ってはいない。

 

酒のツマミにしようと、枝豆を作ったことはあるが、そら豆の経験はない。

たまたま、他用でホームセンターによったら、そら豆の苗が出ていた。失敗して枯れても、気にならないほどの値段だったので買ったのだが・・・

 

そら豆は空豆で、豆の莢が空に向かって上向きになるからだそうだ。それで、天豆という別名もあるという。

それが本当かどうか観察する楽しみができた。今はぜひ、失敗せずに実って欲しいと思っている。

author:u-junpei, category:雑記, 17:34
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