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読評 「カゼヲキル」(増田明美 著)

 

図書館の書架を回っていたら、『増田明美』の著者名が目に飛び込んだ。背表紙が白なので、黒い印刷の著者名が目立っていた。

 

私は、マラソン解説者として有名な増田明美が、小説を書いているとは知らなかった。手に取り奥書を見て、間違いなく本人であることを確認したが、全3巻あるので借り出しをしばらく迷った。正直言えば、「シロウト」の小説だったら読んでも・・・と思った。「カゼヲキル」という片仮名の題名も、いかにもそれらしく思われた。

 

だが、マラソン解説者としての増田明美には、私は以前から好感をもっている。それで、まずは第1巻の「助走」だけを、試しに読むつもりで借りた。

 

この小説は、中学2年の山根美岬が主人公で、陸上競技を始めてまだ数ヶ月だが、荒削りながら抜群のバネとスピード力があるという設定だ。

 

私にとっては塾生や孫みたいな世代だが、読んでいて、美岬が成長していく様子に興味を持った。小説らしく色々な問題が生じるのだが、なにより美岬の明るい性格が良い。もちろん、落ち込んだり他の競技者を嫌いになるような多感な乙女でもある。

 

家族構成は、おしゃべりな祖母・専業農家の父母・運動はからしきだが成績優秀な弟がいる。彼等の描写は多少典型的な誇張表現があるものの、笑いが絶えない家庭の様子は好ましい。

 

小説の語り口は、TVでみる増田明美のそれで、物語としての構成力もある。若い人を対象にしたようで、私のような老齢では場違いかもと思ったが、結局、一気読みし、続編を借りることになった。

 

 

 

第2巻「激走」は高校生活から実業団に入るまで。第3巻「疾走」はマラソンのオリンピック代表選手に選考されるまで。

1巻から3巻まで通して、美岬の10年間にわたる選手生活が描かれる。

 

実際でも、マラソン選手というのは、いきなりマラソン競技に入るのではないようだ。世界に負けないスピード力をつけるために、短い距離から始め、3000mとか5000m、あるいは10000mなど、じっくり時間をかけて実力を養成するのだという。

 

著者が増田明美だからこそ描かれたシーンは多いと思われる。中でも高校駅伝や実業団駅伝の場面は、この小説の真骨頂だろう。

最近、女子実業団駅伝で、骨折して数百mを這って襷渡しをしたり、フラフラになり意識を失ってしまうようなことがあった。この小説でも、似たような事件があったりする。

 

物語のポイントとなるところでは、若いときに数々の記録を塗り替えた経歴のある、牧田明子というマラソン解説者が登場する。彼女はいわば、オリンピックで途中棄権という挫折経験もある著者自身なのだが、著者がふだん話しているような調子で、明子は美岬に声を掛けている。この雰囲気がいい。

 

また、この十年間という期間は、小説の表紙絵に表れている。第1巻のおかっぱで中学生のあどけないような顔立ちが、第2巻ではショートヘアの高校生らしく、そして第3巻では、オリンピックを目指す精悍な顔つきの女性へと描かれていて面白い。

 

各巻にある、著者の「あとがき」もいい。

特に3巻には、いかにも増田明美らしい、TV放送のマラソン解説などで聞くような、彼女をほうふつとする記述がある。

 

『美岬や恭子たちの活躍をきっかけに、一人でも多くの子どもたちが、陸上の長距離種目を志してくれることを願っています。そしてその子が選手になってマラソンや駅伝を走るようになり、私がテレビ中継で解説できたらうれしいな。「この本を読んで陸上を始めました」なんて選手用のアンケートに書いてくれたら、たっぷりコメントしますからね。』

 

「子供」と書かずに、「子ども」と表記しているのも、私には好感が持てる「あとがき」だった。

author:u-junpei, category:読評, 23:32
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落花生

 

落花生の就眠運動についてブログに書いた。

http://blog.kiriume.com/?eid=1223475

その後、黄色い小さな花が咲いたところまでは観察していた。

 

その花から糸(子房柄)が垂れて地中にもぐり、そこで結実していわゆる落花生ができる。ちゃんと出来ているかどうかは、外見ではもちろん分からない。

 

それを確かめるには、手引書では一部を掘って見るとあるが、私はほんの数株しか作ってないので、それをやっていたらなくなってしまう。

それで、葉が黄ばんできたら、たぶん出来ているだろうと放っていた。

 

もとより、落花生に適した地質ではなく、多くは期待できないと覚悟のうえであったが、塩茹でを楽しめる程度には収穫できたのは幸いだった。

author:u-junpei, category:雑記, 19:19
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タイワンホトトギス

 

今、我が家で盛りを迎えている花は、画像のタイワンホトトギス。台湾が自生地なので、杜鵑(ホトトギス)の名に台湾が冠されている。

日本にはいつごろ入ってきたのだろう。ネットで探したが、ざっと見る限りでは、これに触れているサイトは見つからなかった。

 

タイワンホトトギスも、十種はあるという日本固有種のホトトギスも、ユリ科に属している。

検索していたら、日本種のホトトギスにヤマジノホトトギスというのがあるが、これをミソハギ科としているサイトがあった。他はすべてユリ科としているので、おそらく間違いだろう。APG分類に触れているサイトもなかっので、ホトトギスの種類はすべてユリ科で良いのだろう。

 

ホトトギスの名前は、鳥のホトトギスの胸毛模様と似ているところから来ているという。だが、その鳥ホトトギスにある縞模様を見ても、似ているというほどでもなく、その由来はなんだかアヤシク思われる。それに、台湾ではタイワンホトトギスと呼んではいないだろう。

 

まあ、これは画像のタイワンホトトギスに、日本的ではないドキツサを見てしまうからであって、日本固有種の中には、もう少し控えめなのがあるのかも知れない。

 

あえて自説を言えば、正岡子規が鳥ホトトギスを表す「子規」を俳号に使ったのは、子規=肺結核との結びつきだった。血を吐けば、花ホトトギスの色合いになるかも知れない。

 

ホトトギスの英語名は、toad lily だそうだ。toadは「ヒキガエル・ガマ」、lilyは「ユリ」だから、模様感覚でいえば、むしろこちらのほうが真実をついているかもしれない。

 

ちなみに、花言葉には「秘めた意志」や「永遠にあなたのもの」とある。夏から秋と長く咲いているからという説明がなされていたが、なんだかこれもアヤシイ。私のところでは、咲きだしたのはついこの間だった。だが、あえて異論を唱えるつもりはない。

 

            血を吐いて西日に咲けりホトトギス    嘆潤子

author:u-junpei, category:雑記, 23:32
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龍勢ロケット

 

秩父市吉田にある椋神社の祭礼は「龍勢祭り」といい、奉納に龍勢と呼ばれるロケットを打ち上げる。

昨日の日曜日、それを見に出かけてきた。

 

上の画像は、そのロケットを発射台である櫓に運ぶところ。

奉納のロケットは耕地と呼ばれる集落ごとに伝統と工夫があり、それを競い合ってきたそうだ。現在は27流派あって、今年3月に国の重要無形民俗文化財に指定されたという。

 

 

龍勢ロケットは全長20mくらい。ロケット花火のように先頭に火薬筒がある。これを高さ25mの櫓に設置し、奉納の流派の口上が声高々と述べられたあと点火され、轟音をあげ白煙をひいて空高く飛んでいく。

 

 

打ち上げが成功すると、多くの笠や落下傘が放出され、ロケット本体も大きな落下傘で吊り下げられて、ゆっくりと下りてくる。

 

朝から15分ごとに30基が打ち上げられる。完全な成功率は、ずっと見てる訳ではないので断言できないが、私が見てた範囲では4、50%くらいだろうか。

去年の方が成功率が高かったように思う。昨日は小雨があったりして、その影響も多少あるのかもしれない。

 

だが、失敗しても、観客からは溜め息こそ漏れるが、それでも盛大な拍手がある。神様に捧げるご奉納であるし、口上者も詫びれず「来年がんばりま〜す」とか言うのも良い。

 

   轟音で龍翔け昇る秋の空    嘆潤子

 

author:u-junpei, category:雑記, 20:20
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タラの実

 

タラの木に花が咲いた。高い所にあるので、さほど関心がなかった。ところが、今日下から見上げると、実が黒ずんでいるようだった。それで、脚立にあがってよく見ると、ブルーベリーを小粒にしたような、直径5ミリほどの実が鈴なりになっている。

 

タラの芽は食用だから、実だって食べられるだろうと思った。だが、用心のため写真を撮るだけにした。

検索してみると、やはり食べられて、果実酒にもできるようだ。

 

タラの木は成長がとても早い。このまま放置すると、タラの芽摘みが出来ないほど高くなることが予想されたし、大きな羽状複葉の茂り方も尋常でなく、隣家との境界にあるので文句も言われそうだった。それで、目通しの辺りで一度切ったのだが、それでも以前にまして大きくなっている。

 

これまでにも花が咲いたことがあるのかもしれないが、大きな散房状に白い花が咲き、実を確認したのは今年が初めてだ。

ところが、花が咲いたのは1ヶ所だけだった。だから、果実酒を作れるほど実が採取できるか疑わしい。

様子見だと思っているのだが、どうやら小鳥がついばみに来ることもあるらしい。まあ、それならそれでもよいだろう。

author:u-junpei, category:雑記, 23:32
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ヤブラン

 

上の画像は、我が家の北側であまり日当たりの良くない所にあるヤブラン(藪蘭)。ここにどうして生えているのか分からない。

今年は上を覆っている草木を早めに除けたせいか、勢いが増して花付も良いようだ。

 

ヤブランやジャノヒゲ(蛇の髭)は、里山をハイキングすると、雑木林の半日影になるようなところで見かける。

ジャノヒゲの花は葉よりも低いところにあるので、葉をわけてみないと分からないのだが、秋が深まると、小さな直径5mmくらいの果実がなり、瑠璃色というかコバルトブルーというか、とても美しい。

 

ヤブランの花茎は、画像のように葉よりも背丈が高くなるので目立つ。果実はジャノヒゲと同じくらいの大きさだが、黒色であまり魅力的ではない。

 

 

上の画像は、ヤブランの花蕾が開花したもの。私は花が咲いていても、蕾の状態が穂状になっている様子しか見ておらず、なぜ「蘭」という名がついているのか、むしろ不思議だった。

 

ところが、このように花が開ている様子をみると、なるほどと合点がいく。1cmくらいの小さな花だが、蘭の花のようだと言えなくもないだろう。花びらが6枚のように見えるが、花弁が3枚でガクが3枚だそうだ。

 

ただし、ヤブランはラン科ではない。以前はユリ科に分類されていたのだが、最近のAPG分類ではキジカクシ科になっている。

 

私はそもそもキジカクシ(雉隠し)がどんな植物なのか知らなかった。アスパラガスと同じ仲間だそうだ。確かに葉の様子はアスパラガスに似ているし、同じように食べることもできるという。

 

しかし、ヤブランの葉とは全く違い、イメージが異なる。私のような古い世代には、ユリ科といわれた方が合点がいくだろう。

ちなみに、ジャノヒゲもキジカクシ科。むろん、以前はユリ科だった。

author:u-junpei, category:雑記, 21:11
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読評 「つまをめとらば」(青山文平 著)

 

未体験のはずだが、過去に同じような体験をしたことがある感覚をデジャブという。前にもこんな風景を見たことがある気がするなどの、いわば既視感がそれだ。

 

私は、20年程前だが、一人で山歩きしていた足利の猪子峠で、この経験をしたのを鮮明に覚えている。峠にあった2本並んだ巨木の特異なたたずまいや、その下の小さな祠にも見覚えがある気がした。幼い頃、確かにここに来たことがあると実感し、とても懐かしく感じたのだ。

もちろん、初めてきた場所であるし、理性ではありえないと分かっていたが、その感覚を不思議に思った。もっとも、私に霊感などがあるはずもなく、そんな経験は以後はない。

 

ところが、たまたま行った書店で、「つまをめとらば」の新刊になった文庫本を目にした。手に取った感じは、既に読んでいるような気がした。表紙絵も覚えているような・・・。だが、どんな内容だったかはよく思い出せない。

 

読んでいたのに新たに買うのはもったいない。そこで、図書館に問い合わせたら、2015年発刊の単行本を借り出すことができた。

2015年と現在はわずか3年間だ。いくらなんでも、青山文平の小説を読んだ記憶くらいは残っているだろうに・・・読んでいて忘れているなら、ボケを疑った方が良い。

 

そんなわけで、この本を読む動機は、いわばデジャブというか、既視感ならぬ『既読感』を確かめるためにあった。

 

この本は、6つの短編で構成されている。これらを読むと、作家が江戸後期の武家社会の事情や描写に巧みであり、この小説で直木賞(154回、2015年)を受賞したことも頷けた。つまり、ベテランが糸を紡いでいるような、肩がこらずに安心して読める小説だった。

もっとも、これは短編集であるせいか、どの作品にも最後に「落ち」があるようなユーモア感が漂うのは、彼の作風なのかもしれない。

 

さて、私の『既読感』はどうしたことだろう。読んだことがあるようなないような・・・まあ細かなところは覚えていないのだから、年寄り耄碌の2度読みであろうと、楽しめたのだからよしとしよう。

author:u-junpei, category:読評, 19:19
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キアゲハの芋虫

 

 

ジブリの「風の谷のナウシカ」に、オームという怪物が出てくる。腐海に住み物語の中核をなす生物だった。漢字では王蟲で映画のラストシーンは感動的だ。

私は、画像の芋虫を撮りながら、オームのモデルは芋虫ではと思ったのだが・・・

 

この芋虫はシシウドのように大きくなった我が家の明日葉(アシタバ)にいた。5,6僂發△訛腓さから、アゲハチョウの幼虫だと思ったのだが、そうだとすると、同じ庭にある柑橘類の葉を食卓にしてないのが不思議だった。

調べてみると、アゲハチョウ科だがキアゲハの幼虫だった。セリ科の野菜であるニンジン・ミツバ・パセリを食卓にするそうだ。アシタバもセリ科なので納得。

 

上の画像は台風24号が来る前の、9月26日に撮ったのだが、大風の中で生き延びただろうか。

 

 

26日の時点でもアシタバには葉がほとんどなかった。台風下で仮に生き延びても食料がなく、サナギにはなれないかもしれないと思いながら、今日もまだいるか見てみた。

驚いたことにアシタバのあちこちに、2,3僂らいのが何匹もいた。この前にはいなかったのだから、まだ卵であったものが、あっという間に成長したのだろうか。

 

花が終わり、種になりかかったところにいるのだが、親はどこに卵を産みつけたのだろう。いづれにしても、この状態では食料は足るまい。彼等がサナギになるのは、ほとんど不可能に思われる。

 

我が家のオームは見つからなかった。彼はどうしたのだろう。風に飛ばされたか、鳥に食われでもしたのか。芋虫にとって自然は恐ろしいほど冷酷で無慈悲だ。

人間とて例外ではないように思う。人生を全うするのは本当に難しいのだと、私は一瞬の哲学者になった。

author:u-junpei, category:雑記, 18:18
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最後のミョウガ

 

雨が上がったので、ミョウガを探した。彼岸過ぎれば、さすがに旬でもなく、なかなか見つからなかった。藪蚊はまだいるのに、我が家のミョウガは、これで最後になるだろう。

 

ミョウガさえあれば、冬でも冷奴でいいのだが、スーパーで売られてるのも値段が高くなり、私には贅沢品になる。

それゆえ、自宅で採れるものがなくなれば、しばらく冷奴とはお別れになるだろう。

 

   雨上がり茗荷探しに藪蚊かな    嘆潤子

author:u-junpei, category:俳句, 20:50
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おすそ分けのおすそ分けーハナイグチ

 

画像はハナイグチというキノコで、信州では「ジコボウ」といい、もっとも好かれているキノコだそうだ。

それを、私のパークゴルフ友の知人であるキノコ採り名人が、信州小海の方で大量に収穫したそうで、それをもらったパーク友から、さらにおすそ分けもらった。

さっそく、煮込みウドンの汁にした。軽くシコシコしてヌメリもあり、やはり美味だった。

 

このキノコをみると、もう十年くらい前になるだろうか、片品の武尊山登山口に通じる東俣駐車場への林道が通行できた頃、武尊牧場からの遊歩道で、ハナイグチ採りしたことを思い出す。

ここら辺は、キノコの宝庫で他にも色々あったが、素人の私はもっぱらハナイグチだけを探したものだった。それも、福島原発事故以後は放射能汚染が言われて、今ではキノコ採りの人はいないかもしれない。

 

林道閉鎖から長年経つが、片品村は再整備復旧する気はないのだろうか。武尊山あたりはクマさんのアパートといわれてるし、林道も通行できず、人が入らなければ遊歩道も荒れるだろう。

広大な東俣中駐車場にあった立派な休憩場兼トイレ施設は、今はどうなっているのだろうか。クマさんの天下だろうし、もう一人で歩くのは怖いかも。

author:u-junpei, category:雑記, 19:30
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