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反 「隠れキリシタンイズム」 その


反「隠れキリシタンイズム」が前回で10回になった。今回は天年号について整理をしたい。

石塔や石仏や墓石に「年」の代わりに「天」と彫られた年号がある。
そこで、「天」は天地(アメツチ)の「アメ」や天照大神(アマテラスオオミカミ)のように「アマ」と読むから、隠れキリシタンは「アーメン」を表す記号に用いた、あるいは、「昇天」を意味する、というのが隠れキリシタン説でいう天年号だ(例えば、川島恂二「関東平野の隠れキリシタン」165ページ)

しかしながら、その根拠となる天年号に関する文献は、隠れキリシタン探索者は誰一人として見つけ出せていない。それゆえ、隠れキリシタン説では、「天」は「事実として」隠れキリシタンが使っているのだから、間違いなく隠符なのだと結論する。それを怪しみ批判する者は、『文献学者なんていうヘボ学者、虫けら共』などと逆非難されることになる(同書159ページ)

そして、こんな噴飯な説でも、『隠れキリシタン』とか『潜り切支丹』という言葉そのものに、殉教の歴史的・宗教的感動や情緒的同情があるせいだろうか、特にカトリック信者は天年号=隠れキリシタンを無批判に受け入れているようだ。それはまさに『隠れキリシタンイズム』に他ならない。

私は文献学者でもなく単なるド素人だが、天年号=隠れキリシタン説には大事な何かが欠落しているように思えてならない。そこで私は性急に結論を出す前に、反証の「事例」を1つ1つ探し出して、否定材料を増やそうと試みている。
それは、事例に基づく積み重ね方法ゆえ、隠れキリシタン説者と同様の現場主義の方法論を採るものだから、彼らも納得できる合理的なアプローチであろうと思う。

また、私には天年号=隠れキリシタンをすべて否定する考えはない。私の調査では天年号は極めて珍しいというほどのものではない。したがって、隠れキリシタンの中にも、隠符としてではなく、フツウに天年号を使ったものがいても不思議ではないからだ。

さて、上の画像は、1988年に出版された「月刊 上州路 3月号 No167」(あさを社刊。2007年400号で廃刊)で、「上州の隠された十字架」という特集記事を組んでいる。

その論考の中心が、20ページに亘る吉田元「石が語る謎の群馬切支丹」で、
 \价和△亮眈鵑暴住架が刻まれていること
◆‥掲号があること
から、彼は天年号墓にも関心を持ち、統計的な検討から隠れキリシタンだと結論している(吉田元は統計学者・2006年没)

だが、この中で彼は次のような注目すべき記述をしている。

『しかし天が付いているからといってそれは全部切支丹のものであるといった無茶なことはいっていない。それには必ずそれを裏付ける証拠を得たもののみについてである。』

『私はこの切支丹に関しいま一つ口にし得ないもどかしさがあるのを非常に残念に思っている。これを云わないばかりに、本稿を読まれて誤解される人の居らないことを祈って止まない。』

彼には、誤解をされないためには何か言うべき事があったようだ。それを言わないでいては画竜点睛を欠くと批判するのはたやすい。だが、それは先達の労苦に対しあまりに礼を失するだろう。彼は既に亡くなられているので、それが何だったのかを聞けないのが残念だ。
author:u-junpei, category:隠れキリシタン, 18:02
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