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星野遺跡地層たんけん館


栃木市星野の山あいに「星野遺跡」がある。ここに前期旧石器時代に人間がいたというのだが・・・。

その発見のきっかけは、この辺の畑には縄文時代の遺物がじゃらじゃら散らばっていて、その収集に興味を持っていた税理士の斉藤恒民氏が、チャート製ルドロワ石核を拾い上げたことに始まる。
彼が発見した「亀の子型石核」はネアンデルタール人が用いたとされる石器の作り方で、石を砕いてからその1片を石器にするのではなく、あらかじめ石核に石器の型を作ってから、その石器をはずし取るという特殊な方法で作られる。したがって、この石核が真実のものだとすれば、星野遺跡は8万年前に遡る前期旧石器時代が日本にあった証拠になる。

ところが、ここの遺跡発掘で多量に発見された珪岩製石器は自然の営為によってできた偽石器だという論争がある。発掘を指導した東北大学の芹沢長介教授は前期旧石器時代の石器だと主張し、それを否定する明治大学の杉原荘介教授と真っ向から対立した。この二人は、群馬の岩宿遺跡で旧石器発掘当時(1949年)は、明大の考古学教室でともに協力しているのだが、後に見解の相違とかあり袂を分かっている。

上の画像の「星野遺跡地層たんけん館」は、その発掘現場上に建てられていて、内部は深さ10mになるまでの地層が、明瞭に見られるように工夫されていて大変興味深い。



さて、この偽石器論争は完全には結論が出ていないようだが、その後、前期旧石器時代を示す遺跡が次々に三十数箇所も発見された。その発見者は「神の手」と称された藤原新一東北旧石器研究所副理事長だった。
ところが、2000年にこの発見がすべて捏造だったことがわかるが、彼の発見に25年間疑義を挟まず支持していた考古学会や文化庁・国立歴史民族博物館等の指導的立場の者の誰一人責任を取っていないようだ。

また、藤原新一は芹沢教授の薫陶を受けていたので、偽造事件発覚後の教授の立場も不味いことになったのではなかろうか。星野遺跡が前期旧石器時代と確定しないのも、そんな影響がないだろうか。一説によれば、芹沢教授は100万年前の石器を発見しろと発破をかけていたともいう。

この間の考古学会を見ると、旧石器発見に批判論者がいても、そうした者を学会八分(村八分)にして排除したという。藤原ひとりを責めるよりも、むしろそんな考古学会の学問体質そのものが問われてしかるべきだろう。

それらを踏まえて、この星野遺跡は旧石器遺跡というよろも、日本で旧石器の調査が行われた記念碑的なものとして意義があるという(ウィキペディア)。
私は藤原が関わっていたら残念だと思いながら、ネットを検索したのだが、星野遺跡発掘(1965年〜1978年)は彼が捏造に関わるよりも前のことであるようだ。それで、なんだかホッとする気分になった。

ところで、この地に斉藤恒民氏が個人で建てた星野遺跡記念館は現在閉館になっているようだ。理由は分からないが展示物を見たい私には残念だ。
この地はセツブンソウが咲くので有名だ。私はこの花を見たことがないので、もう一度この地を訪れてみたいと思っている。その時は再び「たんけん館」にも行ってもよいなと思う。

ちなみに、「たんけん館」は月曜日休館で、受付とか無人で開放されていて入館料も無料。
author:u-junpei, category:博物館・美術館, 21:12
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