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読評 「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(東野圭吾 著)

 

「ナミヤ雑貨店の奇蹟」という映画が去年9月ころ封切された。その予告編を見て面白そうだと思ったのだが、店名がなんでカタカナなのか分からなかった。それが、この本の5章で構成される物語の最初の章から徐々に分かる仕組みになっている。

それを明かしてしまうと、ナミヤは浪矢という店主の姓から来ている。物語では老店主が手紙で「悩み相談」に応じているという設定だから、そのナヤミに掛けた作家のオヤジギャクなのだろう。

 

もっとも、予告編を見た時点では、原作者が東野圭吾だと分かってはいなかった。それというのも、映画を見に行く余裕がなく、図書館に原作本があるか検索したら、借り出すには予約が必要だった。それで初めて、人気作家の東野圭吾の作品では仕方ないと思った。

出版は2012年。図書館の本にしては、ずいぶんとよれよれになっていた。もしかして、私のように映画を見ずに、手っ取り早く本で済まそうという読者も多かったのかもしれない。いずれにしても、この本を手にしたのは、年が明けてからで、私にとっては今年最初の読書になった。

 

映画では老店主の役を西田敏行がやっている。原作と映画では構成や内容が違うかどうか分からないが、西田の出演なら間違いなく面白かったに違いない。

本の方は、一気読みするほど面白かった。物語は、手紙という媒体を通して、33年余りの時間差がある過去と現在が絡み合う。雑貨店の建物内部が、いわばタイムマシンのように、過去と現在での手紙のやり取りを可能にしている。それゆえ「奇蹟」という題名が付けられたのだろう。

 

ちなみに、33年という数字は、老店主の33回忌で、その日に一日だけ、ナミヤ雑貨店のいつも手紙が投げ込まれるシャッターの投かん口で、手紙を受け付ける。そういう趣旨のことを老人の孫はインターネットで通告して欲しいと老人から頼まれていた。孫は、とても正気ではありえないことだと逡巡しながらも、それをインターネットに書き込んだ。

老人は自分がした回答が、相談依頼者の未来(33年後の現在)に、どんな影響があったかを気にしており、彼等の人生がどうであったかを知りたいと思っていたのだ。

死後にそんなことが可能かどうか、それは気にしてはダメだろう。この物語は、そもそも「奇蹟」なのだから、エンタテイメントとして楽しめば良い。

 

物語の第1章は「回答は牛乳箱に」というタイトルになっている。チンケなコソ泥の三人組の若者たちが、偶然に33回忌の当日に、雑貨店に忍び込んだ。

そこで過去とやり取りされる手紙を受け取った若者らは、手紙を投かんしてきた者のナヤミに答えようと、仲間内で激しい葛藤をしながらも、相談依頼者にアドバイスをしようと返事の手紙を書く。相談依頼者は回答しているのはナミヤ雑貨店の老店主だと思っている。

その依頼者と若者との数回にわたるやり取りの過程が面白い。彼等はそこからは未来となる現在で判断して回答を苦心して書く。それは過去から見れば、ある意味では預言をすることにもなろう。


その手紙のやり取りでは、良くも悪くもある各自の人生を見つめて、その生き様への、大袈裟にいうと「人生哲学」があるわけだが、それはイコール作家自身の哲学だろう。そこには、彼が単なる人気作家ではないことがうかがわれた。私は彼ら登場人物のやり取りに好感を持ちながら、この本を読み進めた。

 

5章までの構成は、主役を代えながら、1章に登場した若者達とはつかず離れず物語りされて、最終章では過去と現在のつながりが、かつて三人の若者もいた「丸光園」という養護施設の存在で結ばれていく。

そこに至るまでの登場人物の様々な人生の展開が、この小説の一番の面白さだろう。それこそが作家が描こうとした「奇蹟」であって、たんなるSF物語を越えたエンタテイメントになっている。私はまさにそれが、東野圭吾を人気作家たらしめている由縁なのだと思って読み終えた。

author:u-junpei, category:読評, 20:20
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