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読評 「西郷隆盛はなぜ犬を連れているのか」(仁科邦男 著)

 

NHKの大河ドラマ「西郷どん」の番宣だろう、西郷隆盛に扮した芸人が、上野公園の西郷像の前で、連れていた犬を抱きあげ、ドラマの主役より自分の方が似てるだろうなどとおどけているのを見た。

それ自体はあまり面白いと思わなかったが、渋谷駅前の「ハチ」公とおなじく、上野の銅像の犬にも名前があるのか気になった。

上野公園のHPを見ると、西郷の像は高村光雲が作成し、犬の方は後藤貞行の作で、犬の名は「ツン」だとある。

 

ところが、本書によれば、薩摩犬の「ツン」モデル説があるが、誤りだという。銅像の除幕は明治31年、西郷が西南戦争で亡くなったのは明治10年、当然ながら明治31年にはツンは生存していないから、銅像の犬のモデルにはなりえない。

 

その上、後藤貞行は写実主義者で、高村光雲が言う彫刻の芸術的な誇張表現も断固として拒否したらしい。だから、西郷像が実際の身長の2倍の大きさで作られていても、後藤は犬の大きさは実物と等倍にこだわったという。しかし、それではいかにもバランスを崩し、滑稽にさえなってしまうという光雲の主張には妥協せざるを得ず、今に見る犬の大きさになったという。

 

つまりは、後藤が写実した犬のモデルは当然いて、その名前は「サワ」という。薩摩出身の海軍中将・仁礼景範が飼っていた桜島産のオス犬だという。このサワは薩摩犬の特徴を良く備えていて、それを見た古老が、西郷が飼っていた薩摩犬の「ツン」がモデルだと言ったそうだ。それが伝え残り、公園のHPにも「ツン」にされているというわけだろう。

ちなみに、銅像の犬はオスだが、西郷が猟犬に貰い受けたという「ツン」はメス犬だったそうだ。

 

本書は西郷と薩摩犬とのかかわりを、文献や史実の綿密な調査を元に描き出していて興味深い。去年の12月刊であるが、上野公園HPは書き換えられて良いのではと思う。

 

西郷はこうした薩摩犬を兎猟に使っていて、本書によれば西南戦争中にも兎猟を続けていた。西郷最期の城山にも3匹連れていて、最後に放たれたそうだが、1匹は行方不明、2匹は官軍に保護されたという。

 

こうした西郷の犬連れを、作家の司馬遼太郎は評論家・尾崎秀樹との対談で、戦争は桐野利秋がしきっていて西郷は犬を相手にしている他になかったと語っているそうだ。

 

これに対し、著者は

『敗色濃厚になったころ、最後は犬へ行ってしまったという話は、西郷の心象風景としては確かに面白い。しかし、気まずいことがあり、やることがないから、最後は犬というのは、現実の事象の理解の仕方として単純すぎる。

西郷は最後に犬に行ってしまったのではない。最初からずっと犬と一緒にいたのだ。』

と反論する。

 

西郷は薩摩犬を兎猟に使っていたが、それは最初の奄美大島への配流から始まる。犬と行う兎猟は西郷の無聊を慰めるものだった。それ以後、西郷の趣味というか体力運動でもあったのは兎猟で、明治維新の中心者となって多忙のときにも頻繁に行っている。

愛犬家としての面では、京都の祇園で犬にウナギの蒲焼を食わせていたという。それを「粋」であったと祇園の名妓が語っていたそうだが、当時と今では感覚が違うのだろうか・・・

 

まあ、ただの愛犬家ではないのだろうが、本書を読むと西南戦争や西郷の謎の一面がわかるような気がする。今回の大河ドラマは見ていないが、『犬連れの西郷隆盛』をちゃんと描いているのだろうか?

author:u-junpei, category:読評, 18:18
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