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読評 「エーゲ海に強がりな月が」(楊逸 著)

 

著者の名前は楊逸でヤンイーと読む。中国籍の作家で芥川賞を受賞している(2008年、第139回)。

この本を読むきっかけは、「これなら読める! くずし字・古文書入門」(潮新書)の最後にある既刊書の紹介に、『親子ほど年の離れた男女の駆け引き・・・芥川賞作家が初めて放った本格的恋愛小説! 現代に生きる女性の幸せのあり方を等身大に描く!』というコピーに興味を持ったからだった。

 

この本は2017年に刊行しているので、図書館に紹介したが置いてなかった。それで通販で取り寄せたのだが、楊逸の読みは手にとって初めて知った。ところが、男性なのか女性なのか、ウカツにも調べていなかった。中国人は名前の漢字を見ただけで、性別が分かるのだろうか。

 

私も老齢だが若い女性と・・・とスケベ根性があるわけでもないが、年齢差のある男女関係は、なんとなくイヤラシさを感じる。もちろん、小説の中で見事に生かされた作品はある。川上弘美の「センセイの鞄」はそれだろう。

そこで、この作品に匹敵するようなら、取り寄せた甲斐があるというものだ、と思って読み始めた。

 

結論を言えば、「センセイの鞄」には、とうてい及ばなかった。30代で目立つほど美人の桂子が、株投資でアドバイスを受けている老齢の男性を、『カレチがあたしのことを好きで好きで仕方ない』と「カレチ」と呼ぶ感覚に、読み始めの最初に違和感を持ってしまったのが、評価が低くなった原因かも知れない。

 

小説では、桂子を主人公にして、現代女性らしい感性と行動を描こうとしたのかもしれない。だが、作家の視点は、物語りを進行する桂子と同世代の、中国人女性の「私」であって、彼女の日常生活の中で関わる桂子という自由に生きている女性を描く物語として構成されている。

いわば「私」は作家の分身だろう。物語に織り込まれている中国人らしい感覚の生活と思想が、物語の進行の端々に垣間見られるようで、むしろ私はそちらの方に興味を持った。

 

したがって、ストリーはさほど取り上げるものはないが、桂子がカレチと訪れたエーゲ海のサントリーニという島の描写の中で、この島には数えきれないほど多くの個人教会があるというくだりは、私には新発見だった。セレブの島なのであろうが、あらためて表紙カバーの絵を見て、欧米のキリスト教が今でも生活に根付いていることに、たいしたもんだと思った。日本では、今どきは個人で仏教寺院を持つことなどあるまいと思うが・・・

 

ちなみに、題名の「強がりな月」はどうやら桂子の生き方を表現しているらしい。「月は欠けても、また満ちていく・・・」と言うのだろう。桂子のような女性が、現代の若い女性として魅力的なのか分からない。読み終わってしばらく考えたのだが、まあ、自分には関係ないと思うことにした。

author:u-junpei, category:読評, 23:32
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