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読評 「ルポ 人は科学が苦手」(三井 誠 著)

 

題名を見たときに、その意味するところがすぐに分からなかった。現代社会や日常生活で、我々が科学の恩恵を受けないことはありえない。学問としての科学が、理解や知識の範囲を超えるというのであればともかく、なぜ『人』が『苦手』としなければならないのだろう。それが、この本を手にするきっかけになった。

 

副題に、”アメリカ「科学不信」の現場から” とある。したがって、タイトルに「人」とあるのは、人間一般を言うのではなくて、主にアメリカ人を指してのことだろう。

つまり、現代科学の最先端を行く科学大国のアメリカ人が、実は「科学不信」だというのだ。著者は科学を専門とするジャーナリストで、彼はこの本で何を言いたいのか、私の一番の関心はそこにあった。

 

私がこの本を読んで、特に興味をひかれたところは、次のようなところだ。

 

例えば、『宗教が人生で非常に重要な役割果たしているか』という質問を、世界50カ国の国民にした調査結果(米国民間調査機関ビュー・リサーチ・センターの2015年発表)が興味深い。それによると、共産国の中国が3%で一番低い。それについで低いのは日本で11%。GDPで見ると、経済力が高くなると宗教に頼る割合は低くなるという。

ところが、米国は例外で53%の高い割合で肯定している。ちなみに、英国やドイツでは21%、フランスで14%だった。アメリカ人は宗教心が飛びぬけて高いことが分かる。この結果は私には意外だった。平気で無宗教を標榜するような日本人には、とうてい分からないだろう。

 

米国で「進化論」を支持する人は国民全体の約2割に過ぎないという。なぜなら、聖書に基づく「創造説」によれば、人類の歴史は6000年より前に遡ることはないからだ。

学校で進化論を教えていても、家庭では親が子に伝えるのは聖書で、『猿から人間になるなんてありえない。デタラメだ』とか『犬の子は犬だ』と直感的な事実で進化論は否定される。大学生に10万年前の化石だといって見せても、それはありえないと教授にまじめに反論したりする。

 

聖書に基づいて考えれば、このような非科学的な結論がまかり通るだろう。だが、バカとかレベルが低いとかそういった問題ではない。米国は宗教大国でもあるのだ。特に保守傾向の強いキリスト教の福音派の勢力が、人口の25%を占める。この状況の下では、科学の合理性や事実などは簡単に覆され無視される。

 

科学不信が宗教を背景にした保守的な思考と合わさると、人工妊娠中絶に反対したり、地球温暖化と環境保護の関連性も否定される。経済活動で二酸化炭素の増加が地球温暖化をもたらしているというは、研究費が欲しい科学者のでっち上げで、気候変動に過ぎないと理解し、いわば理屈抜きに結論されてしまう。ここでは経済界と宗教が手をつないでいる。

 

それは、政界においても変わらない。泡沫候補と思われたトランプが大統領に選ばれ、彼の発言が科学の事実に反しても、彼の政策は共和党員に強く支持されている。それゆえ、米国がパリ協定から離脱する唯一の国になっても、アメリカ第一主義である彼と彼の支持者は当然だと考える。

 

著者は、米国に2013年〜2018年の間、前半はカリフォルニア大学の研究員、その後は、読売新聞のワシントン特派員として科学分野専門のジャーナリストとして活動している。そんな彼がトランプが大統領に選ばれるという、いわば歴史的転換を現場でつぶさに取材体験した。

おそらく、著者はトランプが大統領になるとは思っていなかったのではなかろうか。それが、米国社会に根強い「反科学」との関連を取材する動機になったように思われる。

なにしろ、米国には「フラット・アース国際会議」と呼ばれる、「地球は平ら」だと考える人々がいて、広範な活動を展開している。例の、アポロ宇宙計画での月面着陸は、ソ連に対抗する為にNASAがでっち上げたのだと主張しているのがこの団体だそうだ。

また、米国には創造説に基づいた博物館施設や、ノアの箱舟を聖書に書かれてる通りの、実物大(全長150m)の施設があったりする。まあ、模型のキリンの首が短くなっているそうだが、ちゃんとした理屈があるようだ。

 

だが、本書の眼目は、単にアメリカ社会の分析にあるのではないようだ。米国内が政治的に共和党と民主党の支持者に分離し、それが地球規模での経済活動に及ぶばかりでなく、アメリカ人自身を分断・対立させてる現実を、ジャーナリストの冷徹な目で見ている。

 

著者はこの本を全4章に構成し、第1章「自分が思うほど理性的でない私たち」で、人間一般について、米国での反科学的な理由を取材している。しかし、ここでは、米国と日本やその他の国との比較検証はなされていない。

だから、仮に、経済や風俗などでよく言われるように、日本が米国のあとを追いかけてるというのが真実だとしても、宗教風土は全く異なるという違いは無視できないのではなかろうか。そういう意味では、日本のほうが無軌道・無道徳に走ってしまう危惧があるように思うが・・・。

また、狩猟民族と農耕民族といったDNAの違いは、最後には国民の思考を左右するかも知れない。

 

ともあれ、第4章「科学をどう伝えるか」では、米国で起きている分断対立社会の『今後』=「科学不信」からの脱却について、米国だけの問題ではないという視点で書いている。米国の科学者自身がどう向き合おうとしているか、様々な活動や研究を取材していて興味深い。

ぞれが、著者をして、「人は科学が苦手」といわしめ、啓蒙活動としての取材活動を目指した・・・ように読了して思った。

author:u-junpei, category:読評, 19:00
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