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読評 「童謡詩人 金子みすゞの生涯」(矢崎節夫 著)

 

著者は大学一年のとき、金子みすゞの詩に出会い、激しい衝撃を受けたという。

それが、「大漁」という詩だった。

 

   朝焼小焼だ

   大漁だ

   大羽鰮の大漁だ。

 

   浜は祭りの

   ようだけど

   海のなかでは

   何万の

   鰮のとむらい 

   するだろう。

 

後半の、『海のなかではとむらい』をしているという視点に、著者は「人間中心の自分の目の位置をひっくり返される、深い、優しい、鮮烈さを受けた」と述べている。著者がこの詩に出合った「日本童謡集」には、みすゞの詩はこれ1つしか載っておらず、ここから、著者は幻の童謡詩人といわれた「みすゞ探し」を始めることになる。

 

金子みすゞは全作品620余を3冊の手帳に残しており、それを託した実弟上山雅輔と著者が運命的な出会いをしたとき、金子みすゞは再び世に生き返る。みすゞを探し巡っていた著者は、その時、30代半ばを過ぎていた。

 

その後、著者は金子みすゞの詩集を世に送り出したり、みすゞの生地に記念館を作るなどし、今や金子みすゞを知らないものはいないだろう。それは、たった一人の青年の感動から始まったものだと思うと、感慨深いものがある。

 

私が初めて出会った金子みすゞの詩は、教科書に載ったものだった。また、彼女が26歳の短い生涯を閉じたのが自殺だったというは知っていたが、理由を知らず、長い間わだかまりを持っていた。

 

例えば、教科書にも出てくる「私と小鳥と鈴と」という詩は、生への賛歌にあふれていると思っている。こんな詩を書く人が、どうして自殺という手段を選ぶだろうか。

 

   私が両手をひろげても、

   お空はちっとも飛べないが、

   飛べる小鳥は私のように、

   地面を速くは走れない。

 

   私がからだをゆすっても、

   きれいな音は出ないけど、

   あの鳴る鈴は私のように

   たくさんな唄は知らないよ。

 

   鈴と、小鳥と、それから私、

   みんなちがって、みんないい。

 

ところが、この詩は結婚生活に行き詰まり、夫から詩作や投稿仲間との文通さえ禁じられた頃に作られたもののようだ。

したがって、この詩は、各自が自分の個性をそれぞれ伸ばせば良いのだ、ということだけを単純に詠ったものではなさそうだ。

 

この頃、遊郭で遊び狂う夫から、みすゞは性病(淋病)をうつされた。当時は特効薬のない不治の病で次第に悪化する。結局は離婚するが、一人娘の親権は夫に渡る。これが当時(昭和5年)はふつうであった。

夫が娘を引き取りたいというのは、金銭目当てでもあったようだが、みすゞが自殺する直接の動機になったようだ。みすゞは夫が娘を迎えに来るという前日の夜に、夫宛に娘を連れて行かないでと頼む遺書を残し、睡眠薬自殺をした。

 

この本では、みすゞの生涯ということで、その自殺に至る経緯を述べられてはいるが、それ以前、彼女の娘時代が生き生きと描かれ、これを読むと、みすゞの豊かな詩情が生れた原点を理解することができる。

 

私は、むしろ、みすゞの死に関心があって読み始めたのだが、この本で、彼女の詩情の生れてくる彼女の青春(結婚前)時代に、より深く関心が持てたことは良かった。

 

ちなみに、「みすゞ」というのはペンネームで、本名は「テル」というのは、この本を読むまで知らなかった。「みすゞ」という音がとてもいいと思う。その意味もあるのだが、これは書かないでおこう。       

author:u-junpei, category:読評, 21:21
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