RSS | ATOM | SEARCH
読評 「三体 黒暗森林」(劉慈欣 著)

 

SF小説を読まないわけではないが、ファンというほどではない。

この「三体」も第一部を読んでいたので、今年6月に発刊された第二部も、いわば、引きづられるように読んだという趣がある。小説の内容については、ネットにもたくさんの情報があるだろうから、いちいちについては取り上げないでおこう。

私自身の読後感は、三体人の地球侵略も、現実感がなく「ふ〜ん、そうなんだ」という感じだった。ようするにSF小説の世界は、私には、ひまつぶしの好奇心の対象ではなさそうだ。

 

ところで、宇宙人の存在について、それが確実であると思われるのに、確証が得られないという矛盾を、それを唱えた物理学者の名をとって、『フェルミのパラドックス』というそうだ。

この小説も、この矛盾を解くカギを、この第二部の副題になっている「黒暗森林」理論に求めている。

高度の文明を持った異星人は、自分たちの存在を脅かす存在かどうかにかかわらず、暗い宇宙の森に潜む猟師のように、密かに、問答無用で、その星を消滅させてしまうのだという。その方が自分の安全にとって、最も有効な方法だからだ。

それゆえ、ひたすら、他星人に見つからないようにしている。これが、『フェルミのパラドックス』が生じる理由になる。逆に、宇宙に向けて、自己の存在を知らせようと、電波や人工衛星を飛ばしている地球人ほど、無知な存在はない。

 

地球とは比べものにならないくらい高度な文明を持った三体人ですら、地球侵略のかたわらで、より文明の発達している他の異星人によって、三体星を消滅させられる危機感や恐怖を持っている。それで「黒暗森林」理論を逆手にとって、それが地球人が地球を守る方法・手段になるというのが、三体第二部の主題だろう。

 

先日、河野防衛大臣が、アメリカの国防総省のUFO画像の公開に関連して、自衛隊でも『UFOに遭遇したときの対応マニュアルを検討している』という発言をした。

いわば、宇宙から来たかも知れないモノへの対処方針なのだが、それが明らかになれば、宇宙人は身近に存在するという証明になろう。

 

だが、仮にUFOが宇宙から来たモノと分かっても、日本政府は秘密にしてしまうような気がする。この小説でも、地球人は三体人の存在にパニックをおこしている。

アメリカではどうか。日本よりは情報公開は民主化されていると思うがどうだろう。

 

UFOに限らず、思い込みというのがある。この本を下巻まで読み進んでいるうちに、私の頭はSFの論理に疲れていた。読むスピードも落ちた。それゆえ、気付いたともいえるのだが、

下巻29ページに、次のようなシーンの記述があった。

『・・・酒のにおいがぷんぷんした。・・・と呂律がまわならい口調でいう』

 

正確には、呂律が「まわらない」というべきだろう。ところが、酒を飲んだら、呂律が「まわらない」のは、ごくありふれた現象だから、「まわならい」と書かれていても、「まわらない」と平気で読み進めてしまうのだ。

これは、おそらく出稿時からのミスで、誤植ではないような気がする。だから、校正にも引っかからず、そのまま出版になってしまったのではないか。

それともSF世界では、フツウに「まわならい」という表現をするのだろうか。

 

なんで、こんなどうでもいいことを取り上げたかというと、実は、私はこの本の上下巻を読み終え、最後にあった「訳者あとがき」を読むまで、副題の「黒暗森林」を「暗黒森林」だとばかり思い、そのように疑いもなく読んでいたのだ。

いわば、フツウは「暗黒」とはいうが、「黒暗」とはいわないだろう。「暗黒森林」と読んでいたのは、私の完全な思い込みだった。

 

こればかりは、校正ミスであるわけがない。もっとも、読了した今も、「黒暗」と「暗黒」の違いがどうあるのかは、分からないでいる・・・

author:u-junpei, category:読評, 18:18
comments(0), -, - -
Comment