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来年のヒガンバナ

 

炎が燃えるようなヒガンバナの花も、彼岸過ぎれば急速に死に向かう。

絶世の美女といわれた小野小町が、『花の色も移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに』と詠ったが、花も人間も同じようなものだろう。

 

   彼岸花小町の如く燃え尽きぬ    嘆潤子

 

 

ヒガンバナは花が終われば地上の花茎も枯れる。ところが、三倍体なので種子を作らない。子孫を増やすのはもっぱら地下の根茎で、子孫を増やす養分を作るために、花が終わった後に新しい葉が出てくる。

この葉は翌春になると融けてしまう。だから、ヒガンバナの花は地上からいきなり花茎が立ち上がって咲く。

 

そうやって、生命が循環しているのを見ると、来年もよろしくとエールを送りたくなる。

author:u-junpei, category:俳句, 18:44
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ニラの花

 

「韮(ニラ)」は春の季語で、「韮の花」は夏の季語だという。だが、私のところでは9月の今頃に咲くので、秋の季語とする方がふさわしく思う。

 

それで、ネットで検索したら、秋の季語とするのもあった。俳句歳時記の編者はどこを基準にしているのだろう。日本列島は南北に長いから、季節のずれはあるだろうが、それでも2ヶ月は違うまい。

 

また、ニラを植物分類でユリ科に入れているものとヒガンバナ科とするのとがあった。後者は最近のAPG法による。

私にはどちらにするのが良いか分からないが、たまに、スイセンをニラと間違えて食べてしまう食中毒がある。ニラは葉を揉んでみれば、特有の臭気があるから分かりそうなものだが、それでも事故がおきる。

 

これは、もしかしたら、スイセンがヒガンバナ科で猛毒だと知らないからかもしれない。そうであるなら、ニラもヒガンバナ科として周知した方が、事故を防ぐ注意喚起には良いかも知れない。

 

臭気といえば、禅寺では精進料理にニラを避けるそうだが、私はニラの匂いは嫌いではない。雨上がりに、ニラの花を撮っていたら、ぷ〜んとニラの匂いがした。葉を揉んだりしなくとも、匂いがすると分かったのは初めての経験だった。

 

   韮の花小雨あがりて匂いけり    嘆潤子

author:u-junpei, category:俳句, 20:20
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夜の彼岸花

 

上の画像は、我が家の道路に面した北角に咲いている一叢の彼岸花。

幹線道路に出る住宅地の細道で、傍らに街路灯が立っている。

 

これを夜間に撮ったのが、下の画像。

 

 

デジカメの手振れ補正が働いていないのかどうか。これでは彼岸花とは分からないかも知れないが、私的には気に入っている。

 

そこで、一句

 

   彼岸花灯火に暗く燃えており     嘆潤子

 

 

 

author:u-junpei, category:俳句, 20:02
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白花の彼岸花

 

画像は、我が家に咲いている白い彼岸花。

 

これは以前にもブログに書いたが、誰が植えたでもないのに、白い彼岸花が数株、いつしか玄関前の隣家との塀際に咲くようになった。

ところが、何年かして姿を消してしまい、しばらく咲くのを見ないと思っていたら、数年ほど前から庭先に咲くようになった。今年は去年より株数が増えたように思う。

 

常識的には、誰かが移植したと考えるのだろうが、我が家ではそんなことをするのは私くらいで、私にはそうした記憶はなく、そうしなければならない理由もない。

 

ともあれ、この白い彼岸花が何故咲くようになったのか真実は分からない。だが、不思議だとは思うが不気味だという意識はないのは、私が彼岸花を好みの花と思っているからでもあろう。

 

   あの世にも咲くのか白き彼岸花    嘆潤子

 

 

author:u-junpei, category:俳句, 21:42
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金柑の花

 

金柑を鉢植えで育てている。4年くらい前だろうか、実がなっている株を購入した。種無し果実ということで、食ってみたらけっこうイケル味だった。

 

その時に大きな鉢に植え替えたのだが、以来、花が咲く割には、あまり実がならない。地植えにすれば良かったと思い、その適当な場所がないか考えていたのだが、意外にも今年はこれまでよりたくさんの花が咲いた。

 

金柑の花は、5月ごろに1回目が咲き、9月ごろまでに断続的に2回目、3回目と咲く。今は3回目が咲いているはずだが、今年は私の記憶では4回目が咲いている。

 

どうしてこのように断続して咲くのか分からないが、果実は1回目の花の実が一番大きく、順次小さくなるのだそうだ。我が家のは1回目には実がならず、ガッカリしていたら、ようやく3回目になって果実の赤ちゃんが多く見られた。

 

これなら金柑酒が作れると思っていたら、このたびの台風の大風で、だいぶ赤ちゃん実が落ちてしまった。ガッカリしていたら、また花が咲き始めた。金柑の花は不思議だ。

author:u-junpei, category:雑記, 18:18
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読評 「エーゲ海に強がりな月が」(楊逸 著)

 

著者の名前は楊逸でヤンイーと読む。中国籍の作家で芥川賞を受賞している(2008年、第139回)。

この本を読むきっかけは、「これなら読める! くずし字・古文書入門」(潮新書)の最後にある既刊書の紹介に、『親子ほど年の離れた男女の駆け引き・・・芥川賞作家が初めて放った本格的恋愛小説! 現代に生きる女性の幸せのあり方を等身大に描く!』というコピーに興味を持ったからだった。

 

この本は2017年に刊行しているので、図書館に紹介したが置いてなかった。それで通販で取り寄せたのだが、楊逸の読みは手にとって初めて知った。ところが、男性なのか女性なのか、ウカツにも調べていなかった。中国人は名前の漢字を見ただけで、性別が分かるのだろうか。

 

私も老齢だが若い女性と・・・とスケベ根性があるわけでもないが、年齢差のある男女関係は、なんとなくイヤラシさを感じる。もちろん、小説の中で見事に生かされた作品はある。川上弘美の「センセイの鞄」はそれだろう。

そこで、この作品に匹敵するようなら、取り寄せた甲斐があるというものだ、と思って読み始めた。

 

結論を言えば、「センセイの鞄」には、とうてい及ばなかった。30代で目立つほど美人の桂子が、株投資でアドバイスを受けている老齢の男性を、『カレチがあたしのことを好きで好きで仕方ない』と「カレチ」と呼ぶ感覚に、読み始めの最初に違和感を持ってしまったのが、評価が低くなった原因かも知れない。

 

小説では、桂子を主人公にして、現代女性らしい感性と行動を描こうとしたのかもしれない。だが、作家の視点は、物語りを進行する桂子と同世代の、中国人女性の「私」であって、彼女の日常生活の中で関わる桂子という自由に生きている女性を描く物語として構成されている。

いわば「私」は作家の分身だろう。物語に織り込まれている中国人らしい感覚の生活と思想が、物語の進行の端々に垣間見られるようで、むしろ私はそちらの方に興味を持った。

 

したがって、ストリーはさほど取り上げるものはないが、桂子がカレチと訪れたエーゲ海のサントリーニという島の描写の中で、この島には数えきれないほど多くの個人教会があるというくだりは、私には新発見だった。セレブの島なのであろうが、あらためて表紙カバーの絵を見て、欧米のキリスト教が今でも生活に根付いていることに、たいしたもんだと思った。日本では、今どきは個人で仏教寺院を持つことなどあるまいと思うが・・・

 

ちなみに、題名の「強がりな月」はどうやら桂子の生き方を表現しているらしい。「月は欠けても、また満ちていく・・・」と言うのだろう。桂子のような女性が、現代の若い女性として魅力的なのか分からない。読み終わってしばらく考えたのだが、まあ、自分には関係ないと思うことにした。

author:u-junpei, category:読評, 23:32
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読評 「Aではない君と」(薬丸 岳 著)

 

少年Aは、中学2年生で14歳。両親は彼が小学4年生のとき離婚し、母親と同居。回りからは仲が良いと思われていた友人を殺害。死体遺棄罪で逮捕されるが、犯罪事実等一切を黙秘している。面会に来た両親にも何も語ろうとしない。この状況では、父親が最初に依頼した弁護士はお手上げになり、次に女性弁護士を紹介されるが、やはり少年は一切黙ったまま。

 

殺人罪を犯しても、少年法で保護される年令だが、黙秘したまま犯罪事実が明らかにならないと、少年審判でなく、逆送されて公開の刑事裁判になる可能性がある。これは少年保護の対象から外れることを意味する。

もちろん、小説では「少年A]ではなく、青葉翼として登場している。また、犯罪の真相は徐々に明らかになるのだが、彼が一切をしゃべらない状況を読んでいるときは、私もイライラさせられた。

 

少年犯罪の実態では、少年法で加害者が保護され過ぎ、被害者側が気の毒ではないかということが指摘されている。私もそのように思うことがある。したがって、小説でも被害者側に立ったものは、一般受けしやすいだろう。

この小説は、犯罪加害者側から描く、いわば珍しい視点の小説といえる。もし、犯罪事実が極悪非道のものだけだったら、読み終えても暗い気持ちが維持され、読後感は良くなかったかもしれない。

 

また、加害者側の親なども、社会から厳しい指弾を受けて、生活の場を失うなどの大変な場面に立たされることもある。また、少年が更生し社会に出てきても、過去が暴かれれば、職場や人間関係などを失うこともあろう。

あれやこれやを考えると、犯罪に関わることは、並大抵なことではない。自分が少年の親だったらと思うと、身につまされる思いで読んだ。

 

ちなみに、この小説は吉川英治文学新人賞(2016年、第37回)を受賞している。また、テレビ東京の開局55周年記念ドラマとして、来月放映されるという。佐藤浩一が犯罪少年の父親役、天海祐希が女性弁護士役で出演する。

author:u-junpei, category:読評, 20:40
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尺取虫の擬態

 

教室前にバラの鉢植えがある。この暑さだから、水分補給が足りないと、熱中症になったかのようにダランとなる。それで水遣りには気配りしていたが、花の虫食いに気付いても、虫は見当たらず、薬を手配するか迷っていた。

 

 

ところが、ある瞬間に、気付く。

上の画像がそうで、小枝の異常さに目を凝らすと、枝を挟んで2匹のムシが向かい合っている。細長く茶色で動く気配もないので、最初は虫だと分からなかった。

 

手で掴み取るのは、じゃっかん気持ち悪いが、見たからには逃がすわけにはいかない。

一番上の画像にも、花のところに1匹いて、コイツが犯人であることは、ほぼ間違いないだろう。

枝のつもりになっているようで、いわば擬態だ。夜になったら、動き出すのかも知れない。

 

 

枝のように見せる虫の擬態では、初めてナナフシに出会ったときには驚いた。よくもまあ、こんな虫がいるものだと感心したことがある。

 

だが、今回の擬態虫は、おそらく、尺取虫の仲間かもしれないが、こうして並べて見ると、あまり気持ちよいものではない。これで全部だと思うが、1つの鉢植えにこんなにいるとは・・・

author:u-junpei, category:雑記, 17:25
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ミョウガの花

 

ここ数日涼しくなったと思ったら、今日は台風の影響で朝から暑い。こんな日には冷奴を食べたいと思い、ミョウガの藪を覗いてみた。

 

毎年、お盆の頃にミョウガが出るが、今年は1ヶ月ほども早く、もう、ほとんど終盤でどうかと思ったら、花が咲いているのが2,3あった。

 

昨日・一昨日に探していたら、ちょうど良い収穫ができたと思うと、ちょいとがっかり。ミョウガの花は、1日でしおれてしまうが、咲くと中実がスカスカになり、薬味に適さない。

 

藪の中に身をかがめて探すには、蚊に刺されることを覚悟しなければならず、つい億劫になっていたのが悔やまれた。

author:u-junpei, category:雑記, 18:21
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邑楽町の打ち上げ花火

 

昨日、館林の隣町・邑楽町で行われた打ち上げ花火を見に行った。近隣の花火大会は、たいてい土曜日に行われるのだが、邑楽町では、お祭りの〆に行われるので日曜の夜にある。それで、私も見に行けたというわけ。

 

会場は町役場前の公園のような広い駐車場で、打ち上げは池地を挟んだ真向かいで行われる。スターマインが主で、尺球とか有名花火大会のようなものはないが、1時間に8千発が間断なく打ち上げられる。

天空に打ち上げた花火は、頭上に見上げるような近い位置の大迫力で見られるためか、群馬県一の人気があると言われているようだ。

 

打ち上げ花火には、ハートやニコチャンマークなどが描かれるのもあって、それを見た子ども達が、すばやく、○○○と賑やかに反応するのが面白い。

彼等はドラえもんとかカエルとかも叫んでいたが、私には分からなかった。それにしても、この絵模様の打ち上げ花火はどうやって作るのだろう。不思議に思いながら眺めた。

author:u-junpei, category:雑記, 22:44
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