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読評 「草花たちの静かな誓い」(宮本 輝 著)

 

図書館で借りたい本があって、前もって検索し、貸し出しOKを確認して出かけた。ところが、着いてみると既に貸し出されていた。

こういうこともあろうと、さして腹は立たなかったが、せっかく来たのだから書棚を見て回った。

 

宮本輝の棚にまだ読んでない本があった。それが今回取り上げた「草花たちの静かな誓い」という小説。彼の作品にしては、やけに長い題名で、しかも草花を擬人化してるようなのが気になった。

 

これは新聞に連載(2014年3月〜2016年8月)されたのを単行本にしたもの。

内容は、米国人の実業家と日本人の妻がいて、彼等の娘が六歳の時に誘拐されてしまう。アメリカでは年間百万人が行方不明になり、その内の85%が子どもだという。これ自体驚きの数字だが、さらにアメリカ社会は貧富の差が激しく、それは夫婦の豪邸ひとつを例にあげても日本の比ではない。だが、彼等はいわば勝ち組だろうが、それが常に幸せを伴うわけではなさそうだ。

 

事件から二十数年の月日が経ち、その間に夫は癌で先立ち、妻もその数年後に日本での旅行中に突然亡くなる。前もって遺言が作られていて、自殺かと思われたが病死だった。妻の甥の小畑弦矢が大豪邸を含む四十数億円の遺産を相続する。その遺言書には、娘が見つかったなら、その7割を娘に渡してくれとあった。これがこの小説の発端になっている。

 

したがって、この物語の主人公は小畑弦矢(夫婦の援助を受け、南カリフォルニア大学の大学院卒でMBAを取得し、日本に帰国していた)で、叔母の死後、病気で亡くなったとされていた娘が、実は誘拐されていたことを初めて知る。

この辺は話の筋に違和感を覚えるが、ともかく、彼はその娘探しを、偶然知りあった私立探偵に依頼する。

案外なことに、探偵は娘が生きていることを、事件当時のビデオフィルムから割りと簡単に発見する。これまで夫婦が莫大な費用を掛けて、さんざん探していたにもかかわらずにだ。

 

実は、誘拐を仕組んだのは妻の仕業だった。彼女は二十数年間それを秘匿する。それは何故だったか。誘拐事件には当然ながら協力者がいたわけだが、物語は俄然ミステリー小説の趣で、その謎解きの様相になる・・・

 

読後感を、あえて断定してしまえば、作家の他の作品と比べると、あまり優れた作品とは思えない。

着想は面白い。だが、題名につながるモチーフがイマイチはっきりしない。弦矢と叔母に共通する逸話があるのだが、どうして「草花の誓い」になるのか、私には納得できなかった。

おそらく、作家が題名で意図したものは、彼の得意とする宗教的な暗示の類なのかも・・・興味ある読書人のために、ここには書かないでおこう。

 

作家の他の作品のように、この小説が上下卷になるような長編物だったら、もっとディテールが生かされて、面白いものになったのではと思われた。

たとえば、作家が作品ごとにテーマにして語る薀蓄は、この小説では叔母の作る「スープ」だ。しかもそれを、弦矢と探偵は、企業を立ち上げて商品化しようとする。ところが、その計画の具体性は、弦矢がMBA取得者であるにしては、かなり端折られている。

また、この小説では、最も大事であろう誘拐者と娘の生きざまや、その間の叔母夫婦とのかかわりにも、同様な物足りないなさがあった。叔母夫婦と誘拐者夫婦は親しい間柄で、特に夫同士は商売上のつながりもあるのに、全く没交渉というのはありえないだろう。

宮本輝作品としては、新聞小説であるにしても、それらを描くには短かすぎたのかも知れない。

author:u-junpei, category:読評, 19:19
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読評 「山の霊異記」(安曇潤平 著)

 

図書館の新刊本の棚に、この本があった。この著者の本は初めてだが、名が私のペンネームと同じだったので、思わず手に取った。

それに、山の怪異譚は、幽霊話など怖いものみたさもあって、そう嫌いではない。

 

この「山の霊異記」は22の話が納められている。副題に「ケルンは語らず」とあるのは、その中の1話で、雪山でケルンの傍らで遭難死した男が、婚約者に渡そうとした指輪を、ケルンに隠し置いたのではないか・・・という話。男のザックの中に指輪の箱だけが残されていたからだ。

夏になって、追悼登山した婚約者はそう思い、ケルンをなでるようにして探すのだが見つからない。

 

その話の最後で著者は、男が死んだのは雪山だから、ケルンは雪の中に頭だけのぞかしていたのでは推理する。とすると、指輪は天辺のほうにあるかも・・・悲哀が込められた話になっている。

 

他には幽霊譚が多いが、怖いものもそうでないものもある。幽霊を見るのは男が多いのは、著者が男だからだろう。

 

男がテントで寝ようとしていると、絶世の美女が現れる。もちろん幽霊なのだが、交わりを持ってしまう。

男はその経験が忘れられず、それ以後何度も北アルプスの同じ場所でテント泊し、その女と会うようになる。男の友人は生気を吸われて死んでしまうからやめろと忠告するのだが・・・

どうやら、女のほうが、このごろ生気(?)を失いつつあるようで、実は心配しているのだと男は友人に話す。

「美人霊の憂鬱」という話だが、これには思わず噴出してしまった。

 

作者がどうやってネタを仕入れているか分かる話もある。

京都長岡京殺人事件がそれで、1979年にワラビ採りにきた主婦二人が山中で惨殺された。犯人が分からないまま1994年時効になった。私はネットで検索し、本当に起きた事件だと知った。

 

話では、2人の若い山ガールが、気味の悪い男にしつこく話しかけられる。ところが、その直ぐ後を登って行く著者は、なぜ彼女たちが急に早足になったのか分からない。山頂で著者は事情を聞き、下山を共にする。

 

この「悪い人」という話の最後に、事件のことを書いている。殺された主婦Aのポケットから、『オワレている たすけて下さい この男の人はわるい人です』と書かれた買い物レシートが出てきた。この走り書きも、検索して本当だと知ったときは、かなりゾッとした。

 

山の怪談や幽霊話は、私はある程度は信じている。幽霊の正体見たり枯れ尾花ということもあろうが、説明できない現象というのは実際にはあるのだ。

 

登山家の田部井淳子さんの話だが、前を行く先輩たちが、次々に誰かと挨拶をしている。ところが、彼女は誰と挨拶を交わしてるのか分からない。それで聞いてみると、さっきすれ違ったでしょうといわれた。彼女はすれ違っていない・・・

 

ちなみに、私も、山の経験といえば里山くらいで、霊感もないほうだが、不可思議な事(人)に遭遇した経験が何度かある。私一人で登っているので、遭遇した事実の証明ができないのだが・・・それって、いつまで経っても鮮明に覚えていて、始末がわるい。

author:u-junpei, category:読評, 23:59
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ナス科の野菜

 

夏野菜が育つ私の小さな菜園では、ナス科の花が自己主張してる。ナス以外でも花の形からナス科だろうとは思うのだが、意外な仲間もあって不思議な気がする。

 

例えば、上の画像はナスの花だが、下の画像はジャガイモの花。

 

 

私には、地上の茎に実るナスと、地下の塊茎を食用にするジャガイモが、同じ科に属するのだとは思えない。なるほど花の特徴は、どちらも5弁の花冠になっていて、中央にメシベが突き出ている様子はよく似ている。

 

 

上の画像はトマトの花。下の画像はピーマンの花。

 

 

トマトとピーマンも同じくナス科である証拠に、花の特徴は同じく5弁の花冠になっている。しかし、トマトの実は中身がつまっているし、ピーマンはがらんどうになっているので、素人目にはやはり違う科に思えてならない。

ところが、トマトもピーマンも輪切りにしてみると、中は五角形をしている。それで、なるほど〜とは思うのだが・・・。

 

植物を体系的に分類するのに、従来は花や葉の外見や進化の過程を考えて行う分類方法だった。

ところが、最近はゲノム解析によるAPG分類体系が当たり前になっている。マクロからミクロへとでも言おうか。だから、古い教育を受けた私には、従前とは科目が異なりなんだかな〜と思うことも多い。

 

PAGでナス科の分類がどうなっているかは知らない。だが、花で分類する従来のやり方でも、私は不思議に思うくらいだから、家庭菜園でやってる分には、分類などどうでもよいことかも。

author:u-junpei, category:-, 20:02
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「アメリカシロヒトリ」と「桑の実」採り

 

渡良瀬遊水地に、桑の実を採りに出かけた。

北エントランスから入り、2車線の直線道路を1.5キロほど行くと、旧谷中村への右折路がある。そこを越えて、さらに真っ直ぐな道路が続く。その1キロほどの両サイドが大きな桑の木の並木になっている。

 

驚いたことに、この桑の木のほとんどがアメリカシロヒトリの幼虫のコロニーになっていた。所々ではなく木全体が巣で白くなっていると言っても大袈裟ではない。しかも、この並木は大木だから、凄まじいという表現がぴったりくる。

 

谷中村入り口の手前では、車道の両サイドにある歩道の草刈を大々的に行っていたが、アメリカシロヒトリの駆除の方が優先されるべきじゃないだろうか。

 

 

桑の木は雌雄異株で、この並木では桑の実がなる雌株は5対1くらいで少ない。フツウはどうなのだろうか。

しかも、アメリカシロヒトリは雌株の方に、より多いように思われた。まさか、アメリカシロヒトリが桑の実を好むとは思えないが・・・ 

 

手を伸ばして採れる範囲内にも巣があるので、けっこう気持ち悪い。でも、わざわざ来たからには少しでも採りたい一心で、端まで往復した。

ここで採れた量が少ないので、次に旧谷中村に行ってみた。

 

ずいぶん前になるが、旧谷中村をぐるぐる歩き回り、田中正造たちが決起したという雷電神社や延命院跡も見に行ったことがある。そこへの細道に若い桑の木が植えてあったのを思い出したからだ。

 

思いのほか桑の木が大きくなっているのに驚いた。なるほど、養蚕に使われなければ、成長の早い桑の木は、あっという間に大木になってしまうのだろう。

ここもアメリカシロヒトリにやられていたが、採取に来た人がなかったのか、ようやく、まとまって採ることができた。桑の実酒を作るには十分な量を確保できたが、もう、こんな状況で桑の実採りはしたくないものだ。

 

だが、これも殺虫剤を撒いていないゆえだろう。考えてみれば、アメリカシロヒトリが大量に生存しているということは、かえって、ここの桑の実が安全である証左かもしれない。

 

それにしても、除草に税金をかけるなら、除虫した方がよっぽど良いように思う。なにしろ、このエントランスは車で入っては来るが、歩く物好きはまずいない。多少草が生えても美観を損ねるくらいだ。

上から、アメリカシロヒトリが降って来るような場所は、あまりに自然すぎる。虫嫌いには、あるいはそうでなくても、アメリカシロヒトリの大発生はおぞましくて、二度と来る気にはならないだろう。

 

ちなみに、最近の子ども達は虫嫌いが多い。それも半端でなく怖がる。ほんの小さな虫が教室を飛んでも大騒ぎしている。蝉なんか怪獣みたいな顔で、私は面白いと思うが、彼等には怖くて、捕まえるどころか見るのもダメらしい。そんな中学生の男の子に、上の桑の実の画像を何の虫か分かるかと言って見せたら、卒倒するかと思うほど嫌がっていた。

author:u-junpei, category:雑記, 22:00
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蝶 or 蛾 ?

 

蝶のようであって、蝶でないとすると、それは蛾でしかないだろう。ところが、知識がないとその区別はけっこう難しい。

諸外国では、チョウとガを一緒にしてるところもあるそうだ。

 

画像のモノは、我が家の南天とタラの木とを行き来していた。それも、けっこうな数(十数匹はいる)がヒラヒラと飛行している。

真っ昼間のことなので、私はあまり見かけない蝶がいると思った。

検索をすれば名前は直ぐに分かるだろうと高をくくっていたのだが・・・。似たような蝶はいるが、画像をよく見比べてみると、羽根の図柄や雰囲気が違うようだ。特に胴体は、蝶の仲間に見られないほど大きい。

 

それで、蝶の検索をギブアップすれば、次は蛾でということになるが、知識がなく調べてるので、なかなか分からなかった。

結論から言うと、シャクガの仲間で、「ウメエダシャク」ではないかと思う。

 

シャクガはシャクトリムシ(尺取虫)の成虫。可笑しな歩き方をするコイツは、何度も見たことがある。けれども、当然ながら、成虫が画像のようだとは全く知らなかった。

 

 

上の画像は、どちらが♂か♀か分からないが、交尾しているカップルがいた。たくさんのウメエダシャクが飛び交っていたのは、お相手を探す為に集まっていたのだろう。

また、ウメエダシャクはふつうの蛾とは違い、昼行性なのだそうだ。私が蝶と間違えたのも仕方あるまい。

 

南天とタラの木はそばにある。かれらは、この二つの樹間から離れようとしない。南天には花が咲いているのだが、そこで吸蜜している様子は観察されてない。それに、他にも南天が生えている場所はあるのだが、そちらにはいないようだ。

 

とすると、タラの木が食樹になるのだろうか。ここに卵を産んで、やがて、タラの木のそこらじゅうに幼虫のシャクトリムシがいるのを想像すると、あまり気分は良くない。

大袈裟なことになる前に、殺虫剤を撒くこともありだと思うが、蝶に似た蛾だとそうは憎めず、生態の自然破壊にもつながりそうで・・・。

author:u-junpei, category:-, 23:48
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ラベンダー酒を造る

 

庭のラベンダーにチョウやミツバチがくる。その様子を私は、こんな小さな花にも蜜があるのかと思って眺める。

 

ラベンダーは地植えしてある。元はスーパーで買った一鉢で、当初はプランターに移した。それがプランターでは手狭になるほど増え、庭先に移した。

特に手入れもしないのだが、けっこうな株数になって、虫たちもやってくるというわけだ。

 

花が終わった後の手入れをどうするか調べたら、意外なことに、ラベンダーは夏の蒸し暑さが苦手で、花の咲いているうちから、蒸れないように手入れするのだという。

 

 

刈り取ったラベンダーは、ドライフラワーにでもすればよいだろう。だが、私はラベンダーの香りは好きだが、ポプリの趣味はない。

 

それで思いついたのが、ラベンダー酒。梅酒を造るときと同じように、ホワイトリカーに氷砂糖も十分に入れて漬けてみた。

 

ところが、仕込みが済んだ後になって、ネットでレシピを見たら、氷砂糖は入れず、しかもこれが大事な点だろうが、生のラベンダーではなく、ドライハーブを使うのだという。

 

なるほど、確かに梅酒のようにエキスを抽出するのではなく、花の香りを移すだけだから、氷砂糖をいれる必要はなさそうだ。

ドライハーブを使う理由は、いつでも購入できるという他に、生の花では都合が悪いことがあるのだろうか。もしかして、腐る可能性があるとか・・・でも、それは花に限ったことでもあるまい。

 

まあ、氷砂糖を入れた分だけ、甘ったるい香りのラベンダー酒になるかもしれないが、それもよしとしよう。

author:u-junpei, category:雑記, 17:17
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花菖蒲まつり(館林花菖蒲園=つつじが丘第二公園)

 

テンションの高そうなオバさんたちが、「今年は花が早いね。」と言い合っている。

私もそう思っていただけに、高い声がなんだか耳障りに聞こえる。

 

まだ蕾もあるが、確かに、萎んでいる株も多い。数百種もあるそうだから、早咲き遅咲きと、品種によるのかも知れない。萎んでしまったのは醜く見えるので、いやでも目立つのだ。

花菖蒲まつりの期間は、2日から17日まで。暑い日が続いていたから、もしかしたら2日以前に見頃が来てたかも。

 

それにしても、この様子ではいつまで持つか。

「花摘み娘による花がら摘み」のイベントが今度の土日にあるが、文字通り「花がら」だらけかも。

author:u-junpei, category:雑記, 23:23
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もう「ズル林」とは言わせない!

 

館林は「日本一暑いまち」と言われる。

地元民である私は、それを自慢するわけではないが、こんな暑さはへいちゃらさとヤセ我慢するくらいの気概はある。

 

従来の館林アメダスは、街中にある消防署の駐車場にあった。近くを幹線道路が通り、住宅も密集し、観測地点としてふさわしくないのではないかと言われ、猛暑の記録にも疑惑の目が向けられもした。

ネットの誰かさんは、わざわざ見に来て、「ズル林」という。

しかし、気象庁が設置し公認している場所を、相応しくないとは、そもそもオカシイだろう。

 

まあ、言いたいヤツには言わせておけと余裕をかましていたが、ズルとまでは言われたくない。

その真情は、地元民の共通するところではあると思う。

 

消防署が移転するので、アメダスも館林の西郊にある館林高校のグランドに移転した。場所がふさわしくなかったから移転したわけではない。

6月から運用開始だそうで、設置場所を確認してみようと、久しぶりに母校を訪れた。

 

設置場所は広大なグランドの南東にあった。校舎とグランドの西側には、帯状に広い松林があるから、観測地としては自然環境が良すぎるかも知れない。

だが、これで「ズル林」だというようなヤカラは一掃されるだろう。

author:u-junpei, category:雑記, 20:40
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「そら豆」考

 

ソラマメは「空豆」と書き、豆果が入っている莢が、空(上)を向いているからというのが定説のようだ。

確かに、上の画像を観察したときは、さもありなんとうなづいた。

 

これは、5月12日の状況だが、豆の成長は意外に早く、17日になると下の画像のように横向きになっている。

 

 

この横向きの様子を見て、莢の中に出来ているであろう豆の重さを思うと、重力の法則に逆らう合理的な理由はなく、いずれは莢が下向きになるであろうことは当然に予想できた。

 

 

5月28日には、上の画像のように、莢は下向きになっている。この状態になると、莢の背の筋が黒くなり、収穫期を迎えるそうだ。

私は、2日を待たず、そろそろ採ってもよいのではと心積もりをしていた。

 

 

ところが、真っ黒に変色した莢が見つかった。これは前日にはなかったと思うので、一夜にして出現した感じだ。

病気であることは間違いないようだが、原因とかは分からない。

 

以前から、アブラムシがたかっているのは気付いていたが、もう収穫する予定なので殺虫剤は控えていた。ところが、毛虫も数匹いるのを見つけて思わず動揺し、全面的に病菌予防剤と殺虫剤を噴霧してしまった。

 

 


今採るなら薬なんかを撒くべきではなかったと後悔したが、後の祭り。まだ収穫に早そうなのは残し、初めての自家製ソラマメを収穫した。

薬は、莢をよく洗えば、豆はその中だから大丈夫だろうと思うことにした。

 

 

レシピを検索すると、包丁で豆に切り口をいれて、2分ほど塩茹でにするというので、その通りにしてみた。

切り口は、豆の尻にある黒い部分に入れるというのと、その反対側にというのと両説ある。切り口は塩加減がしみこむように入れるのだが、皮をむく手間がなく、中身をつるっと押し出せるのは後者のようだ。

 

ソラマメが茹で上がったのを見て、ソラマメが「空豆」である理由を改めて考えてみた。

空豆の莢は、確かに当初は上向きになっている。

だが、成長は早く、莢ができて2週間もすると、莢は重力に逆らわず下向きに変わる。こうなると、まもなく収穫期を迎える。それなのに、当初の様子から、いつまでも「空豆」はおかしくはなかろうか。

 

それに、ソラマメの栽培者は、むしろ収穫時の様子、あるいは、莢の中の豆自体を見て、その特徴を踏まえて命名するのではなかろうか。

上向き説はネットで検索する限りでは定説のようだが、上のように観察した状況を見ると大いに疑問だ。

そこで、私は次のような仮説を立ててみた。

 

ソラマメの収穫期は今時の、そろそろ梅雨に入る頃だ。雨の最中には収穫はしないだろうから、梅雨に入る前か梅雨の晴れ間に収穫するのがフツウだろう。

さらに、莢の中の豆の色は薄いブルーがかった色をしていて、はっきりしない梅雨時の空の色に似ている。

そこで、私は「空豆」の名前の由来は、「梅雨空豆」がもともとではなかったかと考えた。それを短くして、「空豆」と言うようになった・・・。

author:u-junpei, category:雑記, 20:40
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読評 「いのちの姿」(宮本 輝 著)

 

私は30代後半の頃、人生の岐路にあった。その頃、何気無く手にした宮本輝の「錦繍」を読み、人生捨てたものじゃないなと思うことができた。それ以来、私は宮本輝の大ファンで、彼の小説とのお付き合いは長い。

 

「いのちの姿」は2014年刊の単行本を図書館で借りて読んだ。宮本輝の久しぶりのエッセイ集で、14編収められている。どれもが面白く興味深かった。もう読書本はできるだけ買わないようにしているが、この本は手元に置くべき1冊だと思った。

 

それで、購入すべく通販ネットを探したら、新たに5編を収録した「完全版」という文庫本(2017年刊)が出ていた。完全版というわけは、京都の料亭「高台寺 和久傳」の大女将が、エッセイ誌を年2回無料発行していて、彼女が目標とした10年間の発行を達成し、終刊になったからだった。著者はこれに発刊から最後の刊まで、全19編の作品を寄稿している。

 

それらのエッセイの中には、「いのちの姿」と題するものはない。だが、文庫本に収録した19編のいずれにも、そのどこかしらに「いのちの姿」を描き出している。それゆえ、全体を通じるテーマとして本の題名にしたのだろう。

私は、「いのちの形」ではなく「いのちの姿」としてるところに、著者が描き出す「いのち」の不思議さがあるように思った。

 

私は、そんなエッセイのうち、「世界、時間、距離」と題するものに、大変興味をひかれた。

それは、著者がシルクロードを旅したとき、すさまじいほどの満天の星空に出遭った話だ。著者は『空の黒い部分より星の光のほうが多い瞬間にでくわした』と表現している。

そして、その星空を見上げていると、『夜空は巨大な鏡で、そこに自分が映し出されている。あの星々はみんな俺だ……。』と一瞬の想念に浸ったという。

 

私は、20代前半のころ、秩父の三峰山から雲取山へ、夜間の縦走をしたことがある。そのとき、今にも雨が降りそうなほど黒かった空が、一瞬のうちだけ雲間が開けたことがあった。驚くほどたくさんの星が輝いていて、まるで手が届くと思うほど近くあった。

私は著者のような体験をしたわけではないが、心が純粋な喜びで満ちたような記憶がある。それ以来、あのような星空には出会っていない。

 

私はこのエッセイを読みながら、最近夢がないような生活をしているおのれを振り返り、日本各地を星空だけを目的に訪ねる旅をする晩年が送れたら、などと突拍子もないことを思った。

しかし、まんざらでもなく、そういう意味では、私にとって「いのちの姿」は「いきる希望」と同じように思える。

 

そんな「いのち」について、著者は「あとがき」で、次のように述べている。

『人間も植物も虫も、みんないのちであり、一個の石ころさえもいのちに見えるときがある。風にも大気にも雨にも、いのちの姿を感じる。いのち以上に不思議なものはない』と。

同感である。私もそんな感性の持ち主でありたい。

 

ちなみに、文庫本には最後に「解説」があり、映画監督の行定勲が書いている。彼は「泥の川」の映画を見て衝撃をうけたという。

それが宮本輝作品との最初の出会いなのだが、小学6年だったという。まさに、その後の彼の人生を決めたかも知れず、ここにも「いのちの姿」があると思いながら読んだ。

author:u-junpei, category:読評, 22:55
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